小幡英資

Eishi OBTA

【Japanese】
1930 福岡県生
1949 福岡教育大学卒業福岡市立内野小学校教論田隈小西新小を経て1956退職
1957 前衛グループ「九州派に参加」
1960 福岡市立東光中学校教論姪浜中友泉中能古中を経て1975退職
1974 九州現代美術「幻想と情念」展(福岡県文化会館)
1976 第8回今日の美術展(福岡県文化会館)
1978 個展(エン・ギャラリー福岡市)
1979 個展(村岡屋画廊福岡市)1980第1回福岡美術家協会展(福岡市美術館)第1回小戸物産展(エン・ギャラリー福岡市)
1981 第2回福岡美術家協会展(福岡市美術館)

1981 韓・日現代絵画展(韓国文化芸術振興院美術会館ノソウル)
1982 西区美術展(オイスカ西日本研修センター福岡)個展(ギャラリーおいし福岡市)
1983 県政刷新をアピールする作家展(ギャラリーおいし/福岡市)
1984 福岡市西区役所ロビー壁画制作に参加
1985 第2回小戸物産展(自宅アトリエ福岡市)
1988 個展(ギャラリーおいし/福岡市)
1999 個展(ギャラリーとわーる福岡市)2002 個展(ギャラリーとわーる)
2014 永眠

九州派の朽ちる時、世界も又朽ちるであろう

1
私らは永遠の末明の中にいる。いや私らこそが末明の本体でありながら蒼弓の天に幻惑されているところの樹木の如きものでないと果して言い切れるか。いま掌の中に在るのが愛である筈なのに、それをパンとして呑みおろしたあと私らは食糧についての末来を語ったりする。
いま私らの末明の中をあらあらしくかけ抜けていくものがある。それは、おびただしい死霊の移動の兆である筈なのに私らはそれを己れの血のざわめきの故にしたりする。
私らは多くの場合そのようなさまざまの誤謬の果てに、石を投じたり、種を蒔き統けてきたのかも知れぬ。
 一日百二十七回ビルの扉を押しひらいている時の手と絵筆を握っている時の手の、その手の拒絶のサマをしかと見定めている絵描きはすくない。

2
われわれはどこから来るのか
われわれは何者なのか
われわれは何処へゆくのか
ゴーガン(一九五九》

古風かもしれませんが、ゴーガンの実」に長ったらしい題名のついた絵がありますが、私は現代絵画(!?)や九州派のことを考えるときよくこの題名のことを思い浮かべます。

人達が、夜明けが来そうで遂に来ない末明の中に死んでいくことを、あの絵はきわめて印象的に侯に語りかけてくるわけですが、九州派のすぐれたオルガナイザーである桜井孝身の生きザマと絵ヅラの中にゴーガンの正統な血の流れを見ることができます。彼が、現代の中で遠のいたかに見えるゴーガンの血をよみがえらせ、あせり気味のゴッホの星をいかに美しくまたたかせるかに賭けた情熱に僕はたじろぐ。彼は私らのおこなうさまざまの誤謬を逆説的に真正の武器に持ち変える天才ですので遂に十三年のあいだ九州派を支えてきたのでありましょう。最低の貧者を自任しながら、おごれる貧者へ一灯を贈りつづける桜井のその世界の美術へ繋ける悲願は、今後どのように展いていくのか私にも予想がつきません

3
われわれは、女のつやめける胎内から来た。われわれは戦う者である。われわれは死地を決定しそこへ赴く……。といったふうにいとさわやかに風を巻く優れた女流、田野光子のタンカと腕の冴えは少年の様な純性と水の始き透明さの一段と昇華しつづける大黒愛子のリリシズムと、その息の合い具合において、まずは絶品と申せましょう。
ゲリラの戦斗性を決定するカギは、女ゲリラの質の如何に関ることは誰かが言っておりましたが、我らのこの二輪の花の値うちは九州派の値うちを決定します

4
右の腕が邪悪の相帯びれば左の手にてそれを斬りかねない彫刻師として宮崎準之助がいます。思想と情念と手のもたらす軌跡が思考の円周上を彼ほど注意深く動いていく作家は日本では荒川修作をおいてほかに見当りません。その作品を見る者にたまらないほどの無理無体の行為を強いて来る “満ちていてカラッポ:の相貌は末明の中の私らの実像をそこに提示しているからにほかなりますまい。コレクターが食指を動かしはじめたのもむべなるかな。
「此処に自己が実存している以上は進むことしかない。その為には深く根本的な強い心を心要とする。がしかしその心に尚一つの高い心が加わらねばならない。現実から高め出し一つの理想世界を作りそれに均衝と実存性と威厳を与えるためにである」と説く大山右一は己れにとって絵画こそが道徳律であり、あるいはそれを超える神性として豪もゆずりはいたしません。ガンコ者のいるグループとは、その崩懐感覚の故に存在を余儀なくされるという意味に於いて、彼こそは九州派を見捨てるわけにはいきますまい。
一本の青い線をひくこと一平方米の布を赤く塗ろこと即俺の人生と決め四十才にして職を投げ捨てた石橋泰幸の人もなげなる明快な絵づくりの秘密は何でしょうか。水もしたたるエロチズムの開花が楽しみです。
 あとひとり、国家の死滅を論ずるほどには美について論じたがらぬ私がいます。
リンゴを売るように絵が売れないものかとつねづねりンゴの木を見ている私は、いつの間にか、ろくでもない九州派のマネジャー(将来心ず儲けるであろうという輝やかな幻影を追って)役を今年から押しつけられています。
例会通知の中の文を一部写し、この長々とした駄文を打ち切ります。
どこかの田舎の大山持ちの娘さんでもたぶらかして金持ちになれたら、グループ専用の美術館とスタジオをつくり、グループの皆さんの生活を保障し描きたいざんまいの日々をお贈りしたい想いのみにとらわれております。これはサクライ氏の天かける論よりはるかに実現の相を帯びておるプランのようでありますからなかなかに捨てきれません。宮崎君に言わせればスーッケース二個を各自がぶらさげ、汽車に乗り込む大道芸人的運動一(商売)論、これも又捨てがたい。田舎町でもうけた勇み足で飛行機に乗り込む翌日ハワイの蒼い海辺で又ひともうけとはいかないものか。皆さんのチエをお借りしたい‼︎
 さて終りに、ここまで書き終えた時、ゴーガンにしてはめずらしくかん高いカンラカラカラといったふうな笑い声がタヒチの海底あたりからきこえたように思ったのは、私のきおいすぎの故でしょうか。
 我ら九州派の「セックス博物展」その日の催しには諾兄姉のお越しを心からお待ちいたしております。



「non title」
oil on canvas
sm/1980,81?


「unknown」
oil on canvas
F10


「太陽の座・下」
oil on canvas
F8/1993


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「unknown」
oil on canvas
F50