Gallery MORYTA

九州派

Group Kyushu


1950 年代後半から 60 年代初め(昭和 30 年代)は、国内外において芸術の変革が叫ばれはじめ、 多種多様な美術が登場し始めた時期にあたります。日本においては、この頃東京だけでなく各地 方都市でも様々な前衛美術グループが結成されました。既存の公募団体によって作り上げられた 美術システムに不満争抱いた若い美術家たちがグループ争結成し、無審査の公募展「読売アンデ パンダン展」ゃ屋外など作品展示には向かないような場所や舞台として、「絵画J 「彫刻」 の枠に は収まりきれないエネルギーあふれる実験的な作品喜子発表し始めました。東京の「ネオ・ダダ」 、 関西の「具体美術協会」がその代表的なものですが、中でもとりわけ異彩争放っているのが福岡 市で結成された「九州派」です。

桜井孝身、オチオサムらを中心に結成された「九州派」の特徴は、生活者の視点から美術表現や 捉え直すとし寸活動姿勢にあると言えます。ぞれは日常の現実の中に美術や引き下ろし、また逆に、 日常の卑俗きや一つの美術表現に高めようとする行為、と言い換えられるでしょう。これは、九 州メンバーのほとんどが専門的な美術教育舎受けておらず、「画家」であると問時に「生活者(労 働者)」 であるという意識を強く持っていたこと、当時福岡県内ではさ井三池争議に代表される労 働組合運動が盛り上がっており、思想的に共鳴する者が九州派内に含まれていたことなどが背景 となっていると思われます。

九州派の作家たちは廃材やごみ争素材として用いましたが、最も特徴的な素材がアスフアルトで す。印刷会社勤務のオチオサムが印刷工程で見出し、九州派のほぼ全員が利用しました。都市化 の進み始めた福岡市内で入手しやすかったアスフアルトは、安価で、しかも独特の光沢争もち乾 燥も早かったためです。また光沢のある黒という色が、日本の近代化争支えた三池の石炭と労働 者のエネルギーを連想させたため、この素材は九州派のトレードマークとなりました。 結成当初は、東京での頻繁な展覧会活動によるその存在のアピール、そしてアンデパンダン展の 組織などによる地元美術界の再編毎試みました。しかし「前衛」に対する意識の違いから 1959 年 末に大分裂。桜井により再建されるも、彼らが思想的根拠争置いていた三井三池労働争議が 1960 年に組合側の敗北に終わるとし寸時代背景の変化とともに、九州派自身も活動のエネルギーや失 い、1968 年のグループ展参加や最後にその活動に幕を下ろしました。

作品の保存よりもまずその効果やアピール度を重要視した作品が多く、作品の形やともなわない 活動形態も数多くあったため、作品として現存するものは極めて少なし九州派は長い間伝説の ベールに包まれたままでした。1988 年、福岡市美術館における「九州派援一反芸術プロジェクト J の開催で、その全容が明らかとなりました。2015 年には、同館の編集による「九州派大全 J (福岡 市文化芸術振興財団発行)が刊行され、九州派への注目が高まっています。




桜井孝身
前衛美術集団「九州派」の主要メンバー。 初期はアンフォルメル絵画が主であったが、次第に反芸術的オブジェ、パフォーマンスへと展開。作品はコールタール、アスファルト、ムシロ、ドンゴロス(麻袋)といった労働者の生活臭と結びついた素材の使用で特徴付けられる。

  • 1953 福岡学芸大学卒業
  • 1955 第40回二科展 東京都美術館
  • 1956 ペルソナ展 福岡県庁西側外壁
  • 1957 - 68 九州派参加
  • 1965 渡米 (〜'67)
  • 1970 可能性への意志 北九州市八幡美術館
       第4回九州・現代美術の動向展 福岡市文化会館
       桜井孝身個展 福岡市文化会館
       2回目の渡米 コンニャク・コンミューンを始める(サンフランシスコ)
  • 1971 コンニャク・レポルージョンアート展(サンフランシスコ)
  • 1973 名古屋市長選挙指名大会 麻布公会堂
       フランスへ移る
  • 1974 グループ「クスグリ」結成(パリ)
  • 1975 第7回今日の美術展 福岡市文化会館
       個展 画廊春秋 / 東京 ('79,'83,'87,'88)
  • 1976 個展 福岡画廊('77,'79,'80)
  • 1977 個展 ランベール画廊 / パリ('81,'82)
  • 1978 ルーベン大学招待展
  • 1979 「髭の痕跡 桜井孝身小文集」
  • 1980 アジア現代美術展 福岡市美術館
  • 1982 個展 ギャラリーDON / 福岡市
  • 1983 1960年代- 多様化への出発 東京都美術館
       個展 ギャラリーロビン / 福岡県甘木市
       個展 フジカワ画廊福岡店
  • 1984 現代美術の20年 群馬県立近代美術館 / 高崎市
  • 1985 個展 リブ / 北九州市
  • 1986 サロン・ド・メ展(〜88)
       個展 ジャンク画廊 / パリ
       個展 ギャラリーSEL / 福岡市
  • 1987 個展 ほわいとギャラリー / 福岡市(〜88)
  •    「I DISCOVER JESUS CURISTY IS A WOMAN」出版
  • 1988 個展 アングルB / 東京
       九州派展〜反芸術プロジェクト 福岡市美術館
  • 1995 戦後文化の痕跡 目黒区美術館 / 東京
  • 1998 戦後日本のリアリズム 名古屋市美術館
       福岡美術戦後物語 福岡市美術館
  • 2001 ネコに犯された桜井孝身 ギャラリー風 / 福岡市
  • 2002 ナイーブな絵画 福岡市美術館
  • 2004-05 痕跡 - 戦後美術における身体と思考
         京都国立美術館・東京都国立美術館
  • 2005 九州力 -世界美術としての九州 熊本市現代美術館
  • 2006 SAKURAI NAKAMURA二人展 福岡市美術館特別展示室B
  • 2012 - 13 美術にぶるっ!ベストセレクション 日本近代美術の100年 第二部実験場1950s 東京国立近代美術館




鳥と火山





無題






石橋泰幸
1930 東京に生まれる 1957年九州派結成に参加し、68年最後の展覧会まで、一度も離脱することなく付き合った、九州派の中心メンバー。 素材や造形の実験的試みを繰り返し、徹底して単純明快な造形を追求した。80年代、日韓現代絵画展に参加したことにより、韓国特有のモノクローム絵画に接近して素材の固有色を生かした作品を展開した。

  • 1952 第37回二科展 東京都美術館
  • 1956 ペルソナ展 福岡県庁西側外壁
  • 1957 - 68 九州派参加
  • 1968 夜だけの現代美術展 宮崎観光ホテル
  • 1969 第3回九州・現代美術の動向展 福岡市文化会館
  • 1970 可能性への意志 北九州市八幡美術館
  • 1971 第10回現代日本美術展 東京都美術館
  • 1973 個展 福岡市文化会館
  • 1974 個展 九州画廊
  • 1976 多元的抽象展 福岡市文化会館
       プリントアート6 東亜画廊 / 福岡市
       第8回今日の美術展 福岡市文化会館
  • 1977 プリントアート 福岡市アートギャラリー
       白の空間展 福岡市文化会館
  • 1978 個展 エンギャラリー / 福岡市
  • 1980 第1回福岡美術家協会展 福岡市美術館
       個展 天神アートサロン / 福岡市
       石橋泰幸・加呂昌太郎二人展 福岡市美術館
       アジア現代美術展 福岡市美術館
  • 1981 韓・日現代絵画展 韓国文化振興院美術会館 (83,85,87)
  • 1982 第2回日韓現代美術展 福岡市美術館 (84,86,88)
  • 1985 個展 ギャラリーとわーる / 福岡市
  • 1987 崔明永・石橋泰幸二人展 SOOギャラリー / ソウル
  • 1988 九州派展〜反芸術プロジェクト 福岡市美術館
  • 1998 福岡美術戦後物語 福岡市美術館
  • 2001 死去
  • 2004-05 痕跡 - 戦後美術における身体と思考
         京都国立美術館・東京都国立美術館




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磨墨静量

  • 1925 台湾台北に生まれる
  • 1945 旧制五高理科甲類(現熊本大学)卒業
  • 1949 - 50 国立福岡少年院法務教官
  • 1950 - 1955 第19回自由美術展 東京都美術館(〜'57)
  • 1957 - 59 九州派に参加
  • 1988 九州派展 - 反芸術プロジェクト 福岡市美術館
  • 2001 福岡市で死去




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